白石拓海は異世界でモテたい@ 「次の方、どうぞ」とドアの向こうから女性の声が聞こえた。 「失礼します」と言いながらドアをコンコンと二回ノックしてから入室する。  部屋の中は真っ暗で壁も天井も見えず、どのくらいの広さなのか認識できない程だった。この空間を部屋だと思ったのはドアを開けるという動作を挟んだからだろう。そうでなければ宇宙の真ん中に放り出されたのかと思うほど不思議な空間だった。 「どうぞ、お掛けください」  声のした先にはスーツ姿の女性が長机の向こうに三人座っており、その前にパイプ椅子が一つポツリと用意されていた。アレに座れという事だろう。パイプ椅子はドアから十メートル程先にあり、この空間が部屋だとしたら相当な広さであろう事が窺える。  パイプ椅子に向かってスタスタと歩く。足音がしない。足音どころか、衣擦れの音もしない。この空間において、声以外はまったくの無音だった。 「失礼します」再度そう言って着席する。  一人、椅子に座らされて目の前には長机とスーツ姿の三人。長机には三人それぞれに数枚の書類。就職活動時代の最終面接、というよりは中学時代にやらされたディベートの授業を思い出した。なぜなら、長机の向こうに座る三人は14〜18歳に見える少女達だったからだ。そして、彼女たちはこの暗い空間の中で仄かに光って見えた。 「まず、自己紹介をお願いします」と真ん中の少女が言った。腰まであろうかというほど長い、黒髪を持った眠たそうな眼が特徴的な少女だった。おそらく、三人の中で一番年上のしっかり者なお姉さんタイプ。先ほどまでの声もこの少女の物だろう。 「白石拓海(しらいしたくみ)25歳。無職です」と応える。 「はい。私(わたくし)、本日担当させて頂きますサクヤと申します。こちらはウズメと ククリです」とサクヤと名乗る少女は両隣の少女を紹介した。 「よろしゅう」とウズメと呼ばれた少女が手のひらを立てて馴れ馴れしい感じで挨拶して来た。茶髪でサイドポニー、そして少しツリ目の活発そうな少女だった。  最後にククリと呼ばれる黒髪ストレートのロングヘアーの少女が片手に持った書類に目を通しながら「ん」と短く応えた。 「よろしくお願いします」と俺は軽く会釈した。 「それでは早速ですが、第二の人生を歩むに至り、あなたが望む人生をお聞かせ下さい」 「女の子にモテモテの人生がいいです」 「う〜ん?」「デター!」「ハァ……」三人の少女が同時にリアクションを取った。 「も、もう少し具体的に、お願いします」とサクヤが笑顔を作って訊いて来る。 「イケメンで、頭脳明晰、出来れば運動神経も抜群で、イケメンと言ってもクールなタイプではなく、さわやかタイプで、男友達も結構いて、けれどクラスのまとめ役というか、中心人物じゃないようなそんな感じでお願いします」 「イ……イケメンになりたいと? 前世の顔もそこまで悪くはないと思いますけど、何故イケメンになりたいんですか?」そう言いながら、サクヤの笑顔は少し引き攣っているように見えた。 「イケメンになりたいわけじゃありません。俺は女の子にモテたいんです。特に理由も無く周りの女の子が俺に惚れてくれて、かわいい女の子に囲まれてチヤホヤされながら生きて行きたい。そんな人生でお願いします」  それを聞いてウズメが「ヒャッヒャッヒャッ」と腹を抱えながら机を叩いて爆笑する。ククリはまた「ハァ〜……」と頭を抱えて先ほどより少し長いため息をついた。 「そ、それでは……とりあえず、容姿、学力、運動神経の良さそうな両親をリストアップするので、あなたのイメージに合う両親を選んでください。前世よりはイケメンに生まれると思います。モテるかどうかはちょっと、こっちで方法を模索します」  サクヤはそう言うと机の下からノートパソコンのような物を取り出し、しばらくカタカタしてからプリントアウトされた書類を三枚取り、俺に手渡した。  渡されたプリントには男女の顔写真、年齢、学力と運動神経の欄にB+〜Sの評価、どこそこの王国の騎士団長だの学者だの賢者といった肩書き、中には王様までいた。それとなんちゃら革命を成し遂げただの、画期的な発明で農業の発展に貢献した等の実績が書かれていた。  どれもこれも美男美女で裕福そうな肩書きが多かった。王族は流石になんかアレだし、立派な実績を持ってる親だと子供にもそれを求められそうで嫌だし……とアレコレ悩んでいる俺を余所目に三人の少女は小声で作戦会議を始めた。 「どないするん? 最近こういうの多いけど、コイツはかなりの筋金入りやで」 「容姿に苦労した人が容姿端麗になりたいっていうケースは多いけれど、モテたいって、少なくとも私(わたし)にとっては初めてのケースですね……」 「そもそも、モテるかどうかって性格の問題もあると思うんだけど、彼がイケメンになった所でそんなにモテると思うかい?」 「モテへんやろな。アイツたぶん童貞やろ。童貞は性格が童貞やねん」 「書類には……そう書いてありますね……」 「そうだろうね、少なくともボクは彼から異性としての魅力を微塵も感じない」 「顔はそこまで悪くないんやけどな、やっぱ性格ちゃう?」 「さぁ? そもそもどうやったらモテるんでしょう?」 「ボクに聞かれても困る」 「ククリはこういうの得意ちゃうん? 縁結びの神様やろ?」 「仮にあの童貞に運命の相手がいて、それを引き合わせるような事なら出来るけど、見境なしに好意を持たれたいってのはボクの専門外だ」 「……スキルでどうにかしちゃいます?」 「そんなスキルか魔法あったか? 催眠とか誘惑系の魔法だとアイツの趣旨からちょっと外れるやろ」 「ステータスをいじるのはどうだい? カリスマ辺りをうまく調整するとか」 「カリスマってあるとモテるんですか?」  小声で話しているが、周りが静かすぎて全部筒抜けだ。しかし、そんな事は気にせず、一通り書類に目を通し終わった俺はサクヤに注文する。 「全部見たんですけど、ちょっと王族とか貴族みたいな大金持ちじゃなくて一般庶民の中で少し裕福なくらいの家庭でリスト作って下さい。学力は自力でなんとかするんでCまで妥協します。運動神経はB−以上でお願いします」 「は、はい……少々お待ちください」と言ってサクヤは再びカタカタし始める。 「注文多すぎやろ、スタバの客か」とウズメが呆れながらぼそりと言う。 「クッ……」とククリが顔を背けて笑いを堪えた。 「白石くん、ちょっとええか? 次の世界やと騎士とか、若くして賢者なんて職業に就くと女ウケがええんやけど、そういうのに有利なステータスとかスキルを持って生まれるっちゅうんはどうや?」とウズメが尋ねて来る。 「いえ、地位も名誉も要りません。出来れば働きたくありません。パッシブスキル的なやつでモテモテにして下さい」と即答する。 「ぶほっ」と後ろを向いたままのククリが噴き出す。 「ヒャッヒャッヒャッあっかーん」とウズメも再び爆笑する。 「で、出来ました。これでどうでしょう」そう言って笑いを堪えながらサクヤが改めて三枚の書類を俺に手渡す。  今度のリストには学校の教師、薬屋、パン屋などの役職が多く、実績も学生時代に剣術大会で入賞、古代語検定準一級、国内No.1娼婦といった辺りに落ち着いていた。優しそうなお母さんがいいなぁ、お父さんは安定した職業がいいかなぁ、冒険者とかだと死んじゃうかもしれないし、と改めて両親を物色し始める。そして、三人の女神の作戦会議も再開された。 「アイツの持っとる運をモテ運重視にするんはどうやろ?」 「モテ運ってなんですか? 聞いた事ないんですけど」 「そもそも、それって運命いじるレベルじゃないかい? イザナギさんクラスじゃないと無理だろうね、そしてこんな事頼める訳が無い」 「金運ならいじれる奴結構おるやろ、商売繁盛とか。金持ってれば女は寄って来るんちゃう?」 「けど、働きたくないって言ってましたよ」 「死ねばいいのに……」 「ホンマにな、馬鹿とニートは死ななきゃ直らない、ってアイツもう死んどるやん」 「ぶほっ」 「ククリさんウケ過ぎです。このジョーク一体、何回目ですか、いい加減慣れて下さい」 「で、どないするん?」 「どうしましょう?」 「ククッ……ふぅ……さぁ?」 「さぁ? じゃアカンやろ。とりあえず何かしら、神としてイチモツ与えな」 「ウズメさん、それを言うならイチブツです」 「ぶほっ」 「立派なイチモツ与えたらモテるんちゃう?」 「ウズメさん、真面目に考えて下さいよ、ククリさんも下ネタでツボらないで下さい」 「クッ……う、うん……フフッ……」 「あ、立派じゃなくてもいいけど平均以上は欲しいです」と三人の会話を聞いていた俺が口を挟む。 「ブァッヒャッヒャッヒャッ、注文入りました〜、イチモツ一丁!」 「……わかりました……」 「ヤメテ……モウヤメテ……」とククリが過呼吸気味に言う。 「サクヤン、そこは『はい、喜んで』やろ」 「もう、そろそろ怒りますよ?」 「ヒィ……ヒィ……フゥ……」 「しっかし、コレをモテ男にするて無理やろ。神様ちゅーても全知全能ちゃうんやで」 「う〜ん、記憶を消して別人にしちゃうとか?」 「……ふぅ、いっその事、無理矢理成仏させちゃうとかどうだろう?」 「んなこと出来るん?」 「生きる事自体に絶望してる人とか、未練があっても諦めたり、諦めざるを得ない時なんかは特例として成仏させちゃいますね」 「そういう訳だ。君はモテない。諦めてくれたまえ」 「成仏するとどうなるんですか?」と質問する。 「居なくなる」 「消滅します」 「無になる」 「嫌です」  このままだと折角のモテモテセカンドライフ計画が俺の存在と共に無くなってしまいそうなので、自分から提案する事にする。 「俺以外かわいい女の子しかいない地域とかないんですか? あ、アマゾネスはちょっと嫌です。褐色キャラも嫌いじゃないんですけど、そればっかりなのはいただけません。眼鏡っ娘、ツンデレ、ロリ、お姉様、妹、幼馴染なんでもイケるんで全部入りでお願いします」 「なんや、更に注文増えたで、やっぱ成仏させよ、コイツ」 「かわいいかどうかは判りませんけど、男女比率が極端に偏ってる地域なら在りましたよね?」 「うん、種族として九割以上女の種族とか、角目当てで男だけ乱獲されて絶滅寸前の種族もいるし、宗教上の理由だったり、戦争で男手が極端に減ってる国もある」 「あ、人間に転生したいです。相手は獣耳や尻尾が生えてても構いません。あ、種族も色んな種族がいる所がいいです。あと、戦争中の地域は嫌です」 「アカン、転生させるなら、はよ決めなドンドン注文増えるで。ククリ、さっき言った中で多種族国家はどこや」 「あと、戦火の届かない地域なら東の方がいいと思います」 「ちょっと待って、ボクだってそんな詳しいわけじゃないんだ」ククリは自分のノートパソコンを開きながらそう言った。 「あ、ある程度栄えてる方がいいなあ、出来ればどこかの国の首都とかで、平和なら大国じゃなくてもいいです」 「やかましいわボケ! 住めば都じゃ! 少しくらい我慢せえ! そんなんだからお前はモテないんじゃ!」 「まぁ、ウズメさんの言い方はアレですけど、これ以上条件を足されると本当に決まらなくなっちゃうんで、ちょっと自重してください……」 「あっ、そういえば……こことかどうだい?」とククリはサクヤとウズメにノートパソコンの画面を見せる。 「ええやん、なんや此処、もうここ決定やん! ん? コレええんか? なんやようわからん、なんや此処?」 「あ〜……此処ですか……確かに……」 「うん、サクヤとボクには縁というか、因縁があるというか……」 「どんな場所なんですか? 俺以外全員美少女なんですか? 男は俺だけで子作り大臣に任命されたりするんですか? そんな仕事なら働いてあげてもいいですよ」 「働いてあげるて、何様やねん」 「男女比はほぼ半々なんですけど、男女の恋が実らないというか、諦めているというか……」 「転生じゃなくて転移って形ならモテモテになれるんじゃないかな、多分。というか赤ん坊に転生するのは無理だね、此処だと。この際、イケメンとオツムと運動神経は諦めてくれたまえ、諦めた方がいい。そのくらいこの場所は君にとっての超一等地だ。ここに比べたら他の場所じゃ君がどんな完璧イケメンに転生しても全くモテないと言っても過言ではない」 「えー、男女の恋が実らないって、モテても付き合ったり出来ないって事ですか? そんなの嫌なんですけど、イチャイチャラブラブ出来ないのにモテたって仕方ないじゃないですか。ヤダ。却下。不採用。チェンジ」 「やかましい! しばくぞ! どつくぞ! いてまうぞ!」 「まぁ、落ち着いて聞いて下さい。男女の恋が実らないのはこの地に掛けられた呪いが原因です。あなたには『呪い無効』のパッシブスキルを与えます。これであなたはイチャイチャラブラブし放題です」 「国としての総人口は多い方じゃないけれど、壁に囲まれた大都市みたいな国で、人口密度はかなり高い。都市として見れば最高峰の人口と多種族が生活している。まぁ、これからは減少の一途だろうけど……。技術レベルも高い方だし、戦争とも無縁だ。ほぼ鎖国状態だからね……」 「う〜ん、イケメンになりたかったなあ……」 「イケメンになってもモテへんでジブン」 「ちょっと、ウズメさん、そういう事言わないで下さい。いいですか? 白石さん。イケメンは諦めましょう。イケメンじゃなくても此処なら絶対にモテます」 「というか、白石君は今のままでも十分イケメンだよ。身長も高いし、体型だって悪くない。キリッとした顔をして何もしゃべらず、それなりの職に就いてればそんなに悪くないとボクは思うよ」 「え? マジっすか?」 「おぅ、十分イケメンだよ、性格がクズなだけで外見は全然イケてるでジブン」 「はい、私もそう思います。もっと清潔感のある髪型にして、あとは服のセンスがあればバッチリです。だからもう此処に決めちゃいましょう!」 「ウンウン、自分じゃわからないかもしれないけど、君の顔は女性ウケする顔だよ。ボクも好きだな。イケメンは三日で飽きるとも言うし、君くらいが丁度良いよ」 「うわぁ、俺、生まれて初めて告白された。俺も三人の中じゃククリさんが一番タイプです。その……えっと……どうしよ、こんな俺で良ければ是非、養って下さい」 「なんでやねん! 誰も告っとらんわ! キモイ事ゆーなて!」 「モテたかったらその言動をもう少しどうにかして下さい。あと性根も」 「ボクは生まれて初めてヒトを殺したいと思ったよ……」 「じゃあ、サクヤさんでもいいです」 「じゃあ、て! でもいいです。て!」 「「……」」 「えー、ウズメさんはちょっとタイプじゃないかなあ……」 「サクヤン、ちょっとこの人殺してもいいですか?」 「ウズメさん、殺すのは流石にマズいです。あと、標準語になってますよ」 「白石君、ウズメに殺される前にさっさと此処に決める事を勧めるよ」 「じゃあ、モテるならそこでいいです。絶対モテさせて下さいよ?」 「コイツ、どこまでもクズやな」 「自分でモテようという気はないみたいですね……」 「サクヤ、一刻も早くこいつを転送してくれ。気持ち悪い」 「なんか高校時代を思い出すんで俺も早くここを去りたいです」 「では」と言いながらサクヤが書類にペンを乱暴に走らせると目の前が急に明るくなった。  あまりの眩しさに目を閉じる。耳を塞ぎたくなる程の喧騒が一気に襲い掛かって来る。  心を落ち着けてゆっくりと目を開くとそこはどこかで見たような、それでいて見た事も無い町並みが広がっていた。 「