白石拓海は異世界でモテたいA  真っ暗で無音の部屋から一転、光と音に溢れる世界に俺は降り立った。  そこは祭りの縁日を思わせる活気溢れる大通りの市場だった。大通りの先には立派なお城と、その遥か後方に都市を囲う巨大な壁が見えた。  晴れ渡った青い空、道を行き交う人の雑踏に客引きをする店主の声、洋菓子を焼いているような甘い匂い、よく晴れた日差しの暖かさ、硬い石畳を踏む感触、一気に五感が蘇ったような感覚を覚える。  そして何より、空気がうまい!  なんか、『生きてる!』って感じがする。  それと同時に、さっきまでのやり取りも、今ここにいる自分も、コンビニ帰りにトラックに撥ねられたのも夢じゃなかったんだなあと実感した。  でもまぁ、いっか。生きてるし。こっちの世界の方が楽しそうだし。向こうの世界じゃ彼女どころか親も親戚も友達もいなかったからな。  それに神様曰く、ここは俺のモテモテハーレム楽園ユートピアらしいし。パっと見、かわいい娘多いし、夢にまで見たリアル獣耳娘もいるし、髪の色もみんな違ってカラフルで、なんかそれだけで面白いし、みんな素でコスプレ状態だし。 「この世界でモテモテとか、ワクワクが止まりませんなあ。ウッヒョー」と思わず口にしてしまう。  最初に俺の御眼鏡に適ったのは、野菜や果物と思しき物を売っている、兎耳を生やした民族衣装風のエプロンを着た女店主。  時折、ピョコピョコと片方の耳が跳ねるのがとってもキュート。感情の起伏で耳が垂れたり立ったりするのかな? ベタだけど耳が感じやすかったりするんだろうか?  向こうの露天で飴のような、チュロスのような棒状の光るお菓子を売っている幼女も実に素晴らしい。正確には幼女じゃないな、ホビット? 小人族?  身長が100cmくらいの合法ロリ種族だ。身長は低いけど、顔立ちは幼女じゃない。けれど体の大きさに合った幼さがあるような、うまく説明できないけれど、とにかく可愛い。映画やゲームで見た事のあるホビットのような違和感がない。  なんでだろ? 極端に顔が丸くないから? 等身のバランスが絶妙だから?  あ、今その露天でお菓子を買ったチャイナドレス風の女性も超かわいい。王道の猫耳娘!  アニメやゲームだと幼いキャラが多いけど、モデル体型でおっぱいデカくて鋭い目付きと頬に描いたヒゲのような化粧から大人の色気をムンムン出してる。サラッサラの黒髪ロングヘアも超色っぺぇ。  尻尾をフリフリ、お耳をピクピク、舌をペロペロ。お菓子を舐めてる。犯してぇ!  他にも、犬耳、狐耳、狸耳、、エルフっぽい人、首と手足がやたら長い人、デカイ玉のような体格の人。もちろん普通の人間と思しき人もいた。  俺的にはやっぱり獣耳娘がツボかなあ。あと、耳だけじゃなくて尻尾が良い。フリフリ、ユラユラ、ニョロニョロ、フワフワ、くるん。色んな動き、長さ、太さ、形が有って見飽きない。そのうち、臭いと柔らかさと感度の違いも調査したいですな。  俺基準では人ならざる者も、魚人っぽいの、蛙っぽいの、蛇っぽいの、歩く毛玉、リザードマン、豚面、牛面。こいつらは顔のベースが動物の部類。こいつらは顔が人間じゃないから雄か雌かもわからない奴が多かった。  けれど、蛙はピョコンピョコンとキョンシーみたいに移動するのが可愛い。顔もどこか愛らしくて、たぶんイケる。  動物も小型の恐竜を繋いだ馬車や、白くてふわふわした毛玉のペット。空を飛んでいるのも見たことのない鳥や、鳥じゃない何かだった。  犬や猫といった向こうの世界で見慣れた動物はいなかった。魔法少女と契約しそうな小動物がペットとして人気のようだった。  ここから見えるだけでも、こんなに多くの種族や生物がいる。それを見てるだけでも楽しい。特に獣耳を生やした女の子を観察するのは実にもう、なんというか、アレがこう、ね?  中にはデブや不景気な顔をしたブスも混じっているけれど、目新しさなのかなんなのか、普通の体型の普通の顔の娘はみんな可愛く見える。  とりあえず、市場を散策してみる事にした。逆ナンを期待しながら。お城を背にして大通りを真っ直ぐ進む。  「いらっしゃーい」「安いよー」「おいしいよー」「良いの入ってるよー」  あちこちから客引きの声がする。日本語だった。看板の文字も全て日本語。  なんという僥倖。神様ありがとう。ご都合主義万歳。  八百屋、宿屋、酒場、武器屋、防具屋、道具屋、薬屋、中世ファンタジーを題材にしたゲームの町並みそのものだった。ギルドなんて看板もあった。カタカナで、でっかく『ギルド』と書いてあるのはダサいなと思った。  10分程歩くと、住宅街に入った。市場と比べて人気も減ったが、それ以上に女の子を見掛けなくなった。まったくいないわけではないのだが、男の方が明らかに多い。  そういえば、市場は女の方が明らかに多かった。特に一人で店番をしている店はほとんどが女の子だった気がする。  さらに10分程歩くと、ポツポツとまた店が増えて来た。道具屋、食事処、酒場、宿屋が多かった。都市中央の市場と比べて少し寂れていて、これ以上進んでスラム街みたいな所に着いたら嫌だな、引き返そうかなと思い始めた。  そんな時、大通りから逸れた小道に一際派手な看板が目に止まった。  ピンク色の看板に『チョメチョメ天国』と書かれていた。  これはもしや。店の前まで行き、立て看板を確認する。  『30分コース4000円 60分コース7000円 指名料2000円』と書かれていた。  はっは〜ん? さては、えっちなお店だな?  金は無いがとりあえず、どんな娘がいるのか見てみる事にした。実際にこういう店に入った事が無かったので、少し緊張する。ピンクの暖簾を片手で上げてこっそり中の様子を覗く。  中は普通の宿屋の一階のような作りで、想像していたのと少し違った。  あ、もしかして、カメラとかそういう機械的な物がこの世界には無いのか? これじゃどんな娘がいるか分かんないじゃん。 「あの〜……なんの御用でしょう?」と店の中から女性の声が聞こえた。  右手で上げた暖簾の影に隠れて、入り口すぐに受付の女性がいた。 「あ、すみません、今日はちょっと見学だけでして、どんな女の子がいるのかなって」  受付の女性は豚面の豚人間だった。声が普通だったので少し驚いた。てっきり、もっとブヒブヒ鼻を鳴らしながらしゃべるもんだと思ってた。 「この店で女は私だけですけど?」 「へ? あ、そうだったんですか、初めてだったもので、どうもすみません。それでは」  そう言い残して、逃げるように店を後にした。  軽く恐怖体験だった。というか、あの豚面一人であの店切り盛りしてるのか? 獣面連中からしたらあの人は美人なんだろうか? それにしても一人って……。  少しこの辺りを散策してから大通りに戻ろうと思い、ぶらぶらしていたらもう一件、似たような看板の店を見つけた。『ハッスル倶楽部3号店』さんだ。  どれどれ、お値段はチョメ天と同じくらいか。お、パンフレットみたいなのがある。  立て看板に付いている籠から一枚手に取って見る。  デカデカと『3号店オープン記念!20%オフ。4/15〜4/31迄』と書いてあった。  裏面も見てみる。 『カッコイイ系からマッチョ系まで10種族の男達が君を待ってるぜ☆』  落書きのようなボディビルダー風の男の絵が描いてあった。  ……あ、わかった。謎は全て解けた。  チョメ天に俺が入った時、受付の豚は『なんの御用ですか?』と言った。普通、客が入って来たらそんな事は言わない。俺は客じゃなかったが、あの時点では受付がそれを知っているはずがない。  そして『女は私だけです』とも言った。最初は豚が一人で店を切り盛りしていると思ったが、それは違ったんだ。  あの店で女は豚だけだった。しかし、男が働いていたんだ。  そしてこのビラに書かれた文字……そう、チョメ天もハッスル3号もどちらも男娼宿だったんだよ!  な、なんだってー?!  自分の推理に自分で驚いた。嫌な事に気付いてしまった。  男娼宿なんてあっちの世界で見た事無い。探せばあったんだろうが、それがこっちの世界ではこんなに近くに2件もある。ハッスル倶楽部に至っては3号店だ。1号と2号を合わせて少なくとも4件もある。  そこから導き出される一つの答え……この世界の女ってビッチなの? 此処に来ればモテるって、そういう事?  萎えるわー。  そりゃ、男に飢えてる女がいっぱいいる地域を所望しましたよ? けど、違うでしょ? 子孫を残すためだったり、男の裸なんて見た事ない、なんなら男なんて見た事無くて興味津々みたいな男に飢えてる。と、男を買い漁ってる男に飢えてる。はむしろ真逆でしょ?  ……まぁ、女全員がああいう店に通ってるわけじゃないわな、ああいう店を利用した事ない俺みたいなピュアなハートの持ち主も必ずいるさ。  カルチャーショックで少し大げさに考えただけだ。うん。  メンタル復活。  久しぶりに長時間歩いて膝が痛くなってきた。  とりあえず、最初の市場まで戻り、街路樹の下に備え付けられたベンチに座って行き交う人の流れを眺めていた。  暖かい陽気の中、時折吹く風が気持ち良かった。こっちの世界にも四季があるならば、これは春に違いなかった。  どれくらい、そうしていただろうか。気付けば日が落ちてかけていた。 『ぐぅ』と腹が鳴った。  腹は減ったが金はない。  仕方ないから水道か井戸でも探して水で誤魔化すか……  よっこらせ、とベンチから立ち上がろうとした時、足元にキラリと光る物が見えた。  五百円玉だった。  たぶん、五百円玉だ。見慣れた五百円玉と違い、年号も葉っぱのデザインも無いが、これは紛う事無き五百円玉だった。  だって、表に500、裏に五百円って書いてあるもん。  俺は五百円玉を握り締め、急いで食べ物を売っている店を探す。  夕方になり、露天のほとんどはどこかへ行ってしまい、シャッターを下ろしてしまった店もちらほらある。  俺は一番最初に目に入った弁当屋に駆け込んだ。牛面の多分男の店主が「らっしゃい」と迎えた。 「弁当、五百円で買えますか?」 「おう、残り物だから五百円でいいよ。好きなの一個持って行きな」 「有難うございます。じゃあ、コレで」  余り物の弁当の中で一番ボリュームがあった牛肉弁当を手に取り、会計を済ませて店を後にした。  五百円玉を拾ったベンチに座り、俺は牛肉弁当を頬張った。  弁当に割り箸が付いてる辺り、本当に日本文化の根付いた異世界だと思う。  弁当の味もあっちの世界のコンビニ弁当そっくりだった。米はタイ米みたいな米だったけど。  弁当を食い終わる頃には夜になっていた。  満腹になった腹を擦りながら、ベンチで仰向けに寝転がる。  満天の星空だった。  街頭も無いのに月明かりだけで随分と明るく感じた。  良い一日だった。トラックに撥ねられて死んだけど。  子供の頃に初めて遊園地に行った時の気分を思い出させるような、そんな一日だった。  モテイベントは発生しなかったけれど、まぁ初日だし仕方ない。  明日は人生初のナンパでもしてみようかな?  女の子とおしゃべりしたいな。今日は豚の雌としか言葉を交わしてなかったからな。  こっちの世界の事も色々聞いてみよう。お茶でも飲みながら。  金は……どうしよう?  ナンパに成功して飯奢って貰って、そのまま女の子の家まで行って色々してから朝を迎える。そして、あわよくばその家に居座る。これが俺が今考えうるパーフェクトプラン。  よし、明日はそれを目指そう。  そこまでうまく行かないだろうが、ナンパに成功して一緒に飯を食うのを最低目標にしよう。財布落としたとか言えばたぶん代わりに出して貰えるっしょ。  期待に胸を躍らせながら、俺はそのまま眠りに就いた。 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  白石拓海は異世界でモテたいB 「どうだい? 新しい世界の感想は」  少女の声で目を覚ました。  夜空からは星と月が姿を消していた。  体を起こして辺りを見たが、暗すぎて何も見えなかった。  ここにあるのは、俺が今座っているベンチだけだった。 「おはよう。は違うか、ここはキミの夢の中だ」  すぐ近くで声がした。  驚いて横を見ると、俺の隣に着物姿の少女が座っていた。  黒髪ロングヘアの14〜15才の女の子。ククリちゃんだった。 「新しい世界は気に入ったかい?」  俺が驚いているのを気にせず、ククリちゃんは話し掛けて来た。 「え? あ、はい。可愛い子いっぱいで気に入りました」 「それは良かったね」とククリちゃんは素っ気無く言った。  着物姿のククリちゃんは少女の愛らしさと大人の色気を併せ持っていた。 「ククリちゃん、着物似合うね。すごい可愛いよ」と素直に褒める。 「キモい発言をするな、消すぞ? それとボクの事はククリ様と呼べ。神だぞ」  声のトーンが下がり、ゴミクズを見るような目で睨まれた。 「か……畏まりました……ククリ様……」 「よろしい。極力、ボクの名前を口に出さないでくれると助かる。虫唾が走るから」 「ハ、ハハァ……」と頭を下げる。 「さて、新しい世界で何か困っている事は無いかい?」声のトーンが戻った。 「お金が無いです」と率直に答える。 「働く気は?」 「無いです」と即答する。 「はぁ……」とため息をつかれる。 「何とかしてくれませんか?」とククリちゃんに聴く。 「本当は自分でなんとかして欲しいんだけどね……」とククリちゃんは呟いた。  お? オネダリ成功か? と少し期待する。 「出家するとかどうだい? 衣食住には困らないよ」 「働きたくない人に向かって修行しろと? 絶対に嫌です」 「だよね……」と再び呆れられた。 「どうしても働く気は無い?」 「無いです。働くくらいなら死を選びます」とキッパリ答える。 「まったく、最近の人間はすぐ死ぬとか言う。嘆かわしい」 「働かなずに金を稼ぐ方法を教えて下さい」とストレートに要求を突きつける。 「死ね」冷たい目で言われた。  最近の神様は簡単に死ねって言葉を使いすぎじゃない? 「飯だけでもなんとかなりませんか? 食い逃げとかは俺の道に反するんですよ」と食い下がる。 「『俺の道』って何だよ、働かないくせに偉そうに……」 「クズ道」 「ぶほっ」とククリちゃんは噴出した。  笑われようと蔑まれようと構わない。俺はこの生き方に誇りを持っている。  『死んでも働かない』これが俺のモットー。アイデンティティ。 「笑ってないで、何とかしてくださいよ。飯だけは死活問題なんですよ」と懇願する。 「はぁ……仕方ないから教えてやるか……」  ようやく、俺に働かせるのを諦めてくれたらしい。何を教えてくれるんだろう? 「キミは昨日、何か食べた?」と訊かれる。 「牛肉弁当を食べました」 「どうやって手に入れた?」 「五百円玉を拾って、それで買いました」  拾ったお金をネコババするのはクズ道的にはセーフ。  借りた金を返さないのも金額によってはセーフ。ただし、金融機関には手を出さない。怖いから。 「その五百円玉は神様からの贈り物だよ。最初の内は一日一食ありつける程度に手を貸す事になってる」  まじっすか? 神様に養って貰えるとは流石に思ってなかった。 「あざっす!」と礼を言う。 「最初の内だけだぞ? 神に見放される前に生活の基盤を整えろ。これがキミの当面の目標だ」 「了解しました!」と敬礼する。 「はぁ……まぁ、せいぜい精進してくれたまえ。ボクはもう帰るよ」  ククリちゃんはそう言って立ち上がった。 「え? もう行っちゃうんですか?」と止めようとする。 「本当に困った事があったら神に祈ってくれ。一応、祈りは届くから」  そう言い残し、ククリちゃんは天に舞い上がって行き、そこで夢は途切れた──  ──目が覚める。  クケーックケーッと聞いた事がない鳥の声が聞こえた。  眠い目を擦りながら体を起こす。腿とふくらはぎが筋肉痛になってた。  よいしょと立ち上がり、顔を洗える水場を探す事にする。  大通りの先に噴水があった事を思い出し、そこへ向かう。  市場では所々開店の準備が始まっていた。  ペットの散歩やランニングをしている人もいた。 「おはようございます」と何人かに挨拶をされた。  一瞬、逆ナンか? と思ったが、ただの挨拶だった。  この世界の住人は皆、活き活きとしていて幸せそうに見えた。  噴水の水で顔を洗い、少し躊躇いながら一口水を飲む。  変な味はしなかった。  手で水を切ってから、Tシャツで顔を拭く。  顔を上げると噴水の近くに案内板があった。  案内板には都市の全体像が描かれていた。  円形の壁の中に二重丸のような環状の大通りがあり、中央からも外に向かって十字に大通りが伸びている。  中央にお城があって、それを囲うように居住区、市場、居住区、商業区となっていた。  現在地は城から真北にある一つ目の大通りの交差点だった。  今日はこの環状の大通りを周ってみようと思う。  目的はナンパだ。  何故か、居住区より市場の方が女の子が多かったのが、この大通りを選んだ理由だ。  とりあえず、大人しそうな娘を見つけて声を掛けてみよう。  ファイト、俺。  大通りを歩きながら女の子を物色する。  まだ朝なので昨日ほど人通りは多くなかったが、市場はそれなりに賑わっていた。  前方から犬耳の大人しそうな女の子が歩いて来るのを見付けた。  おっとりとした垂れ目の女の子で、頭の上の犬耳も垂れてる。眼鏡を掛けている。  両手に布の袋を抱えていた。買い物の帰りだろうか?  この娘にしよう。この娘に決めた。  さりげなく、平静を装いながら彼女の方に歩く。  勇気を出して話し掛けてみようと思う。  ……なんて話し掛ければいいんだ? 考えてなかった。  無言のまま彼女とすれ違う。  近くで見た彼女はかなりの上玉だった。  大通りを歩きながら考える。  ナンパってどうすればいいんだろう?  ヘイ、彼女、お茶でもしない? でいいのか? なんかおかしくない?  チャラいし、ダサいし、難易度高いわ。何か自然に話すきっかけが欲しい。  道を尋ねて、良かったら一緒に行きませんか的な流れはどうだろう?  うん、やってみよう。  再び、大人しそうな娘をサーチする。  狸耳の少しポケ〜っとしてる娘を見付ける。作戦を決行する。 「すみません、この辺りに服屋ってありますか?」と声を掛ける。  すっげー緊張したけど、キョドらないで言えた気がする。 「あそこにありますよ」と大通りを渡った所を指差される。 「……ありがとうございました……」礼を言って別れる。  作戦失敗。  めげずにその後も何人かに声を掛けた。  全て失敗した。  店の前まで連れて行ってくれた娘もいたが、やっぱり何を話せば良いのかわからず、会話が続かない内に店に着いて別れた。  コミュ力が欲しい。  正直、自分にここまでコミュ力が無いとは思わなかった。  人見知りする方ではないし、クズを自覚して開き直っている分、恥の概念も薄い。  ただ、話題が無さ過ぎる。共通の話題を見付けようにも、俺はこの世界の事を知らなさ過ぎた。  市場を一周した頃には日が高くなっていた。  膝の裏と踵が痛ぇ……  昨日のベンチに戻り、横になって休む。  ナンパって難しい……  しかし、それほど悲観はしていなかった。手応えはあった。  道を教えてくれた彼女達は皆、笑顔で対応してくれた。別れる時にはバイバイと手を振ってくれる娘もいた。  冷たくあしらわれたり、キモがられたりするのを覚悟していたが、そんな事は一切無かった。  前世でやってたら絶対にキモいとか死ねとか言われるけど、こっちの世界は皆、優しい。そこに希望を見出す。 「グゥ」と腹が鳴った。  とりあえず五百円玉でも探すか……  ぶらぶらと市場近辺のまだ行った事のない道を探索する。  小さな公園を発見する。  ブランコやシーソーといった見慣れた遊具で子供達が遊んでいた。  手押しポンプで子供が水を飲んでいるのを見掛け、俺もそれに倣い、たらふく水を飲んだ。  公園のベンチで再び横になり、子供達が遊んでいるのを眺める。  ボールがこっちに転がって来たのをきっかけに、しばらく子供達と一緒に遊んだ。  5〜6歳の馬面の少年と鹿っぽい角を持つ幼女だった。  幼女は可愛かったが、流石にクズ道に反するので普通に遊んだ。  大人の鹿娘と一戦交える事があったら、あの角を持ちながらしゃぶらせたいなと思った。  玉蹴り、靴投げ、砂場遊びなんかをした。  光る泥団子の作り方を教えたら大層喜ばれた。 「バイバ〜イ」「またなー」と子供達が家に帰った頃には夕方になっていた。  子供達と別れ、水場で手を洗っていたら、再び「ぐぅ」と腹が鳴った。  楽しくて忘れてた。五百円玉探さないと……  適当に商業区の方に向かって探索を始める。  金はなかなか見つからない。  日が落ちると、今日は曇っているからか、月明かりも無く、真っ暗になった。  いくつかの家に下げられたランタンの光だけでは到底、道に落ちている金は探せなかった。  どうしたものかと思っていると、今度は雨が降って来た。  突然の通り雨で、俺はたちまち全身びっしょびしょになった。  走って雨宿り出来そうな場所を探す。  転んで膝を擦り剥いて、服が汚れた。  泣きそうになりながら歩いていると、雨宿り出来そうなテラスを見付けたのでそこで雨宿りする事にする。  そこは酒場の入り口だった。  酒場はまだ開いていないのか、閉店中の看板が掲げられていた。  壁にもたれて地べたに座る。  ジーパンに穴が開いていて、膝から血が出ていた。  膝を抱えて俯きながら俺は泣いた。  寒ぃし、痛ぇし、腹減った。  衣食住の大切さを身に染みて実感していた。  人は衣食住を失うとこんなにも不安な気持ちになるのかと。 「ひっぐ……うぐぅ……」嗚咽を漏らして泣いた。  通り雨は止んだが、俺は何もする気が起きず、しばらく一人で泣いていた。  カランカランという音がして酒場のドアが開いた。 「うぉ、ビックリした」頭上から女の声がした。 「ひっぐ……ひっぐ……ズズ……」  泣いてる顔を見られたくなくて、俺は顔を上げなかった。 「え、泣いてんの?」 「うぇぇぇ……ふぐぅぅぅ……」  人前で、しかも女の前で泣くとか情けねぇ。  情けねぇと思うと余計に泣けて来て、収拾が付かなくなった。 「ちょっと顔上げな」  そう言って女はすぐ横にしゃがみ、両手の平で俺の頬を掴み、無理矢理横を向かせた。女の手のひらはプニプニして柔らかかった。  女と目が合う。  年齢は俺と同じ25歳くらいだろうか。整った顔立ちで、長くて綺麗な黒髪と、頭に猫耳が生えていた。  彼女は、少しガサツな口調とは裏腹に、優しい目で心配そうに俺を見つめていた。 「見た事無い顔だね、壁際から来たのかい? とりあえず起き上がって店に入りな。定休日だけど──」  女が言い終わる前に、俺は彼女を押し倒すようにして、その胸に飛び込んだ。 「ちょ、アンタ?!」  女は尻餅をつき、ひどく驚いたが、俺がそのまま彼女の腰に抱きついて泣き続けていると、そっと頭を撫でてくれた。 「よしよし、大丈夫だよ〜? 本当に赤ん坊みたいに泣くなコイツ」とあやしてくれた。  ママーと叫びたい衝動に駆られたが、流石にそれは我慢出来た。 「腹が空いてるのか? 飯くらいなら食わせてやるよ?」  なんて優しいママなんだ……天使か? これが今日の神様からの贈り物か? 「とりあえず中に入ってくれない? 風呂も貸してやるよ。このままじゃ風邪引くぞ」  俺は彼女の腕の中で「ウン」と呟いた。  涙はいつの間にか止まっていた。 「さ、おいで」  そう言って彼女は俺の手を取って酒場の中に俺を誘った。 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※  白石拓海は異世界でモテたいC  店の中に入ると、中は無人で、明かりもカウンターにランプが一つ灯っているだけで薄暗かった。 「風呂の準備して来るから適当に座って待ってな」  そう言うと女はカウンターの奥に姿を消して行った。  俺はとりあえずカウンター席に座り、頭の中で今の状況を整理した。  これ、お持ち帰りされちゃったんじゃない?  お風呂って言ってましたよ? 風呂入ってたら突然ドアを開けて裸の女が入ってくるイベントとか発生しちゃったり?  俺、モテちゃった? 母性くすぐちゃった? 転生初日で童貞卒業?  今後の展開にドキドキワクワクしながら考えた。  店の前で泣いてる男を誰もいない店に連れ込んで、風呂に入れる猫耳のお姉さん。  果たして彼女は天使なのか、ビッチなのか……?  俺の中で答えはすぐに出た。完全に天使。例え、ビッチだったとしても許せる。  次に転生するなら彼女の子宮の中に転生したいくらい、俺は彼女にゾッコンだった。 「準備出来たよ、おいで」カウンターの奥から声がした。  呼ばれてすぐに席を立った。尻に敷いていたクッションが濡れているのに気付き、しまった。と思った。後で謝ろう。  カウンターの奥は調理場になっており、入ってすぐ右手に階段、右前方にドアがあった。  声の方向からしてドアの方だろうなと思い、ドアノブに手を掛けようとした時、ドアは中から開かれた。 「とりあえず、アンタの着れそうな服無かったから、上がったらこれに着替えて」  そう言って、白いバスタオルとバスローブを手渡された。 「有難うございます」と礼を言う。  ドアの向こうは脱衣所だった。  脱衣所に入り、ドアを閉めて鍵を掛ける。 「あ、脱いだ服乾かすから鍵開けといて」とドア越しに言われた。 「有難うございます」と再度礼を言って、俺は服を脱ぎ、綺麗に畳んでから磨りガラスのドアを開けて浴室に入った。  浴室の中に灯りは無かったが、窓から差し込む月明かりのおかげで手元が見えないほど暗くは無かった。  浴室には、大きくて平たい丸桶があって、中に湯船が張っており、地面は石のタイルになっていいる。和風テイストな風呂場だった。  手桶で風呂の湯を掬い、肩から浴びる。右膝の傷口がひどく沁みた。  石鹸で頭と体を洗い、右膝が浸からないようにゆっくりと湯船に入る。 「ふぃぃ〜……」と声漏れる。  風呂で体を温めながら、今日一日の疲れとネガティブな気持ちを全て洗い流す。  うあ〜モテてぇ〜。  頭の中を空っぽにすると欲望が蘇った。 「極楽じゃあ……」  木の香りと月明かりに包まれて、俺はゆっくりと湯船の中で体を休めた。  風呂を堪能しているとガチャリとドアを開ける音がして、擦りガラス越しに女が脱衣所に入って来たのがわかった。  そのまま浴室に入って来ないかと緊張しながら彼女の影を凝視していたが、期待するような展開は無く、俺の服を回収するとそのまま出て行った。  少しガッカリしたが、彼女がビッチじゃない可能性は高まった。  しかし、そうなると少し無防備過ぎるのでは? という疑問が生まれた。  店の中には彼女以外に人がいるような感じはしなかった。  おそらく、彼女はこの酒場の店主で、二階が居住スペースになっていて、一人暮らしをしているんじゃないかと推察した。  一人暮らしの女性が親切心だけで見知らぬ男を家に入れて風呂まで貸すか?  しばらく考えたが、酒場の女店主やってるから肝が据わってるのかな? くらいしか思い付かなかった。  逆上せてきたので風呂を上がる事にした。  バスタオルに血が付かないように気をつけながら体を拭き、バスローブに袖を通した。  履いていたスニーカーの代わりにスリッパが置かれていたので、それを履く。  頭を拭きながら脱衣所を出て、店の方へ行く。  酒場スペースに入ると、暖炉に火が着いていて、その前で女が俺の服と靴を乾かしていた。  彼女は俺の服に手をかざし、その手は仄かに光っていた。  魔法的な物で乾かしてるのかな? 「お風呂有難うございました。生き返りました」と礼を言う。 「それは良かった。あたしも風呂入って来るから、それ食いながら待ってて」  そう言って指差した先には皿に盛られたチャーハンとコップが用意されていた。 「有難うございます」  礼を言ってばかりだ。何から何まで、どれだけ感謝してもし足りない。  彼女は軽く右手を挙げて返事をしながらカウンターの奥へ去って行った。  そういえば、名前をまだ訊いて無かったな……帰って来たら教えて貰おう。  暖炉の近くの椅子に腰掛け、チャーハンを頬張る。  細長い米を使ったピラフみたいなチャーハンだった。  うまかった。  牛肉弁当もそうだったが、食い慣れた味付けというのもあるが、この世界独特のちょっとした味の違いもあって、この世界の食い物はすこぶる美味しい。  コップの中の白い液体を飲んでみる。  牛乳のような、甘さ控えめのカルピスのような、そんな味がした。  あの娘の母乳だったりして。  我ながら下衆い発想だったが、いつもの調子を取り戻せているぞと少し元気が出た。  さて、この後どうなるのかな? 寝床も用意してくれるのかな?  えっちな展開はあるのかな? と、また妄想を始めそうになったが止めた。  明日から寝床どうしよう?  正直、雨に降られるまでは衣食住の衣と住を軽視していたが、今は違った。  働かずに衣食住を安定させたい。そういえば、ククリちゃんもそんな事言ってたな……  これから先どうしよう?  う〜ん。と考え込む。  ヒモになりてぇ。  可愛い女の子に養って貰いてぇ。それも出来れば複数の娘に。  あちこちに俺を泊めてくれて飯を食わせてくれる娘がいて、お礼に一晩付き合ってあげるみたいな。  それが俺の理想のハーレム人生。  どうすっかなぁ……いきなり、ここで厄介になるのはちょっとなぁ……  まず、彼女に嫌われたくない。  そして、ここまで親切にしてくれた彼女の厚意に甘えるのも何か気が引けた。  う〜ん……ここで遠慮しちゃうのが俺の弱点だな、ヒモの才能無いかも……  そんな事を考えながら飯を食い終わる頃に女は戻ってきた。  俺と同じバスローブ姿だった。 「さて、じゃあちょっと話を聞かせて貰おうかな」  そう言って彼女は俺の正面に椅子を置いて腰掛けた。  胸の谷間が、ボリュームが、凄い。 「自己紹介からしようか。私の名前はミミ・タャ・テュルク。この酒場を経営してる。君の名前は?」  聞きなれない発音だった。名前の部分だけ外国語で紹介された感じ。 「白石拓海です」と答える。 「へぇ、ヒューマンなのに日本名なんだ? 珍しいね。どっから来たの?」  どこから? なんて答えようか? てか、こっちの世界にも日本って国はあるのか? 「旅の途中で……」と誤魔化した。 「旅で? 日本に? 何で?」と驚いた様子だった。  ここがこの世界の日本なの? どうりで日本の文化が根付いてると思ったわけだ。 「観光で」と適当に嘘を付く。  それを聞いた彼女は腕を組み、訝しげにこちらを見てこう言った。 「アンタ、怪しいね。なんでそんな下手な嘘付くの?」  へ? 嘘?  確かに嘘はついたけど、なんでそんなにすぐに分かった? 魔法? 「えっと、その……テュルクさんは人の心が読めるんですか?」  我ながら馬鹿な質問をしたと思う。嘘つきましたって白状してるようなもんだ。 「テュルクは出身地だよ。ミミが名前でタャが苗字。テュルク地方のタャの子、ミミだ。だから、あたしを呼ぶ時はミミだ。こんなの小さな子供でも知ってる」  やっちまったぁい。次々墓穴を掘っていくぞぉ。 「日本語しゃべれるのに、なんでこんな事も知らないの?」と矢継ぎ早に質問を投げられる。 「父親が日本人なので……」  今度は嘘はついてない。大丈夫なはずだ。 「有り得ない」  駄目だった。有り得ないらしい。もう訳が分からない。 「すみません、正直に言います。東京から来ました。どうやって来たのかはわかりません。昨日の昼に、気付いたらここの市場に立ってました」  誤魔化しても墓穴を掘るばかりなので、転生の部分だけ端折って本当の事を言ってみた。 「ハァ〜。わけわかんない。記憶喪失か何かなの? トウキョウなんて場所聞いた事無い」  ミミはそう言って腕を開き、だらしなく背もたれに寄りかかった。  それを見て俺はびっくりした。  なぜかと言うと、蟹股に開かれた足の間から、その……お毛毛が。  着崩れたバスローブの胸元からは、ピンク色の物が見えちゃってる。  無防備とか、ガサツとかいうレベルじゃねぇぞこれ!  俺は顔が固まり、胸元と股の間を交互に凝視した。  すると、ミミはガタリと音を立てて立ち上がり、ひどく驚いた顔をしている。  見られた事に気付いて、という感じではない。何か信じられない物を目にしたような、そんな驚き方だった。  俺の後ろの何かに驚いたのかと思い、後ろを確認する。何もない。壁。 「ど、どうしたんですか?」と尋ねる。 「ちょっと来て」ミミはそう言うと乱暴に俺の手首を掴み、俺は二階に連れて行かれた。  階段を上がってすぐのドアを開けると、そこは寝室のようだった。  え? 何? 俺、食われちゃうの? やっぱりビッチだったの?  あまりに突然、強引に寝室に拉致られて、ベッドに座らされた俺は期待と不安と緊張と興奮で混乱していた。  ミミは真剣な表情で俺の事を睨んでいる。ムードもへったくれも無い。  そういうつもりで寝室に連れて来られたんじゃないのかな? と少し戸惑う。 「えっと、ミミさん? なんで寝室に?」と話を切り出す。 「タクミ、だっけ? キミは男だよな?」ミミは俺の目の前に立ち、そう言った。  何、この質問? 誘ってるの? 不器用なの? 男の俺がリードしろって事? 「はぁ、男ですけど」とりあえず答える。 「体も男なんだな? その、アレもちゃんと付いてるんだよな?」と言ってミミは初めて少し恥じらいの表情を見せた。 「はぁ、まぁ、一応……」  しばし、互いに沈黙が続く。  わっかんねぇ。俺どうすればいいの? 「あの──」「ねぇ、あたしの事どう思う?」  俺が何か言おうとしたのと同時にミミの声が被る。 「え?」思わず、聞き返す。 「あたしの事、どう思う?」と真剣な眼差しでミミが言う。  えへぇ?! 告白? さっき会ったばかりなのに? モテるってこういう事なの? 「シュ、シュキデス!」緊張しすぎて噛んでしまった。  俺の一世一代の告白を受けたミミは、頭を掻きながら「う〜ん……」と悩んでいる。  わっけわかんねええええええええええええ!!!!!!  誘惑して強引に寝室に連れ込んで、思わせぶりな事言って、『男だったらそっちから告白しろ』って流れだったんじゃねえのかよ?!  それで勇気を出して告白したら、う〜ん……って!! 「聞き方が悪かった。女の子の事が好きなの?」とミミが訊いて来る。 「え? いや、えっと、ミミさんの事が好きです」と答える。  なんか話が噛み合って無い気がするけど、告白した直後に他の女の子も好きですとか言えないでしょ。  ミミは再び「う〜ん……」と困った顔をする。  ンモオオオオオホオオオオ。じれってぇえええ。  YESかNOかハッキリしてくれえええええ。 「じゃあ、こうしよう」  そう言うとミミは着ているバスローブをするりと脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿になった。  それを見て、俺の思考は完全に停止した。